1915年(大正4年)4月15日 武蔵野鉄道池袋駅として開業(計画では巣鴨だったという)
1922年(大正11年)直流電化(1500V)に伴う設備整備
1935年(昭和10年)京濱デパート池袋分店、菊屋デパート開業(1940年より武蔵野デパート)
1939年(昭和14年)東京市電池袋線17系統、池袋駅開業
1945年(昭和20年)4月13日 アメリカ軍の爆撃で焼失
1949年(昭和25年)西武百貨店開店(武蔵野デパートを改称し木造モルタル2階建でオープン)
1963年(昭和38年)私鉄初の10両編成運転開始
1964年(昭和39年)池袋ショッピングパーク:ISP開業(従来の地下駐車場を改装)
1969年(昭和44年)特急列車の運行開始、山手線との貨物受け渡し開始
1974年(昭和49年)地下連絡通路が開通(それまでは跨線橋を使用)
1976年(昭和51年)秋津駅での武蔵野線連絡線開設により山手線との貨物受渡廃止。連絡線の名残は側線となり、現在車庫として使用されている
1980年(昭和55年)駅舎改良竣工
1994年(平成6年)特急ホーム竣工
1998年(平成10年)3月26日 1番ホームの百貨店への改札口が廃止、西武南口開業
2000年(平成12年)10月14日 パスネットの取り扱いを開始。パスネットの乗車駅表示は「西武池袋」、降車駅表示は「SB池」である。
2001年(平成13年)バリアフリー化工事開始
2004年(平成16年)ホーム屋根を、ひばりヶ丘駅と同じ共通ドーム式へ改装開始
2005年(平成17年)12月1日 1・2番ホームを延伸し、10両編成へ対応(使用は2006年3月のダイヤ改正以降)
2007年(平成19年)3月18日 PASMOの取り扱い開始
■歴史
現在の池袋駅より少し北西に離れた場所、今で言う豊島区池袋、豊島区池袋本町の辺りにかつて存在した「池袋村」が発祥とされている。1889年の町村制施行で巣鴨村の大字となる。
しかし、池袋の地は古くは栄えているとは言いがたい農村地帯であった。ここが栄えるきっかけとなったのは、鉄道の開業である。現在、赤羽線・山手線(埼京線)となっている赤羽駅〜品川駅間の路線を、上野駅〜前橋駅間に鉄道を開業させていた私鉄の日本鉄道が、官営鉄道(新橋駅〜横浜駅)との接続を目的に1885年に開業させた。だが、この時池袋に駅は設けられなかった。
その後、1903年に田端駅への支線を建設する事になった。この時、当初は目白駅での分岐が想定されていたが、地形の問題で池袋を分岐点にする事になり、池袋駅の開設に至ったのである。だが、駅の外に畑が広がっているという状況はなかなか変わらなかった。
大正から昭和にかけ、東上鉄道(今の東武東上本線)や武蔵野鉄道(今の西武池袋線)なども池袋へ乗り入れるが、これらはどちらも当初繁華街とはいえなかった池袋は起点とせず、当時の繁華街であった神田・巣鴨(市電が1912年には乗り入れていた)への乗り入れを前提としていた。その過程において池袋は仮のターミナル駅として開設されたが、その後の事情でどちらも都心への延伸を断念し、結果として池袋起点となったものであった。この頃は、巣鴨の他に、白木屋があり王子電気軌道(今の都電荒川線、1911年に開業)と山手線が交差していた大塚駅辺りが繁華街であって、池袋は師範学校や立教大学など、学校が置かれた事から文教地区となっていった。
1933年に白木屋と京浜急行電鉄が共同で設立した京浜百貨店が1930年代に菊屋デパートの名で池袋駅に開店。そして東京市電(1943年に東京都電となる)が1939年に池袋駅前に乗り入れ、この頃から交通の結節点として、賑わいを見せるようになる。菊屋は1940年に武蔵野鉄道(現西武鉄道)に買収され、武蔵野食糧を開設。武蔵野デパートを経て1949年に西武百貨店と改称した。また1962年に東横百貨店が東武鉄道に売却され、東武百貨店と改称し、丸物百貨店はパルコになった。
現在池袋と名の付く地区の大半は、一時期西巣鴨町に属していた。西巣鴨橋という橋が東池袋二丁目に現存する。サンシャインシティは巣鴨拘置所の跡地に立てられたものである。
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